私、出口崇仁が農業を志したのは、2010年のこと。学校卒業後、企業内食堂の栄養士として働いていたときのことでした。
当時の私は、社内で働く人たちに食事を提供する立場でしたが、職場である食堂では「いかに効率よく早くつくるか」「いかに食材を安く仕入れるか」ということが重視され、添加物の入った冷凍食材や輸入食材、化学調味料が当たり前のように使われていました。
食べる人に健康を届けるための食を提供すべきはずなのに、実際に提供しているのは安い食材で手間をかけずにつくられた、いわば「胃袋を満たすためだけの食事」。これを食べても健康になれるとは私にはとても思えませんでした。
栄養のある食事を提供して人の健康の役に立ちたいと栄養士を志したのに、実際はまったく逆。そこに大きな矛盾を感じ、本当にこのままでいいのかと葛藤する毎日でした。
「健康に役立つ仕事とは何か」と考えた結果、自然に近い有機農業なら真の人の健康につながるのではないかと農業に従事することを決意する。
自分が納得できるオーガニック野菜づくりを目指して、自然農法を実践する農家で1年間の研修を受けました。研修先は、生態系を乱す農薬や化学肥料を一切使用せずに野菜を育てる農家でした。
なにも入れずに自然のまま、ただ土を耕して種をまいて、草を取って野菜を見守るだけ。それでも一口食べただけでそのおいしさに衝撃を受けるほどの素晴らしい野菜ができていました。人参をつくる農家になろうと思ったのも、ここで今まで経験したことのないほどおいしい人参に出会ったから。
教えを乞ううちに、たくさんの人に自分が作ったおいしい野菜を食べてもらいたい、自分の野菜を食べて感動してもらいたい、そして健康をお届けしたいという想いがどんどん強くなりました。
研修を終えた後、農地探しや準備の期間を経て、2012年に知多半島の緑豊かな自然が広がる美浜町で農業家として第二の人生をスタートしました。
自然農法での野菜づくりは、肥料や農薬も使用せずに自然のまま育てる農法です。
研修先では、人がそれほど手を掛けずとも立派な野菜が育っていたので、これなら農業の知識のない自分にだってすぐにできるだろうと簡単に考えていました。しかし、1年目にできたのは、生命力がまるで感じられない弱々しい野菜。お世辞にもおいしいとは言えないものでした。
うまく野菜ができない理由がわからず、研修先の農家に尋ねてみたものの、答えは「何もするな、いずれできる」というひとことだけ。本当に農家としてやっていけるのか不安で、当時は畑に出向くのもつらい毎日を過ごしました。
そんな状況を大きく変える転機が訪れたのは、就農3年目。土壌微生物の力を最大限に活かして作物を育てるという発想に立った農法に出会ったことがきっかけでした。
肥料の三要素と呼ばれる「チッソ・リン酸・カリ」を一切使わず、微生物のエサとなる雑草やもみ殻、竹などの炭素をたくさん含む資材を土にすき込んで、微生物の働きを活発化させます。
例えば、山は人が肥料を施さなくても、痩せることなく毎年立派な木が茂ります。それは、山では落ち葉や雑草が微生物や虫たちによって分解され、栄養となって樹木の成長を手助けするという自然の循環ができているからにほかなりません。
自然の営みに限りなく近いこの農法に出会ったとき、直感的にこれならおいしい野菜ができるはずだと確信しました。
さらに、周りを見渡せば、もみ殻や竹、雑草といった微生物の大好物である炭素を多く含む地域資源はいくらでもあり、私にとってはまさに宝の山でした。
「もう農業を辞めたほうがいいのでは」。私がこの取り組みを始めたとき、農薬や肥料を使用する一般的な慣行農法を行う地元の農家の方からは、心配のお声をいただくこともありました。
しかし、産業廃棄物として処理に困っていたものをうまく活用しておいしい野菜に生まれ変わらせることができれば、食べる人も、私たち生産者も、地域も、そして地球も、みんながハッピーになります。
人間も畑も自然の一部。自然の摂理に任せたこの地域循環型の栽培方法なら、人の健康のためになる本物の野菜ができると信じて野菜づくりを続けました。
前年と比べて野菜の味が飛躍的によくなったと感じたのが、美浜町に移住して迎えた3回目の冬。地域の自然資源を使った、環境に与える負荷の少ない栽培方法での取り組みが徐々に実を結び始めていました。
そこで、自分の作った野菜がどのくらいの栄養価があるのかを知るために成分分析をしてもらおうと思い立ち、「オーガニックエコフェスタ 栄養価コンテスト(一般社団法人日本有機農業普及協会主催)」に出展することにしました。
これは、本当に良い野菜をつくり世の中に届けようという志のある農家が集まるコンテスト。ここで多くの農家の方と交流し、野菜づくりのさまざまな方法やヒントを得たことは、現在の野菜づくりにも大きく活かされています。
出品の目的は、あくまでも自分の野菜の成分分析をしてもらうことだったので、まさか私の野菜が受賞できるとは思っていませんでした。
しかし、数ある部門の中でも最激戦区といわれていた人参部門で、糖度の高さだけでなく、抗酸化力とビタミンCが全国平均の約2倍、エグ味や苦味の要素となる硝酸態チッソの含量が約1/3という自分でも驚くような値を記録し、最優秀賞を受賞することができました。
続く2018年2月には、ピーマン部門の栄養価コンテストで、全国平均値に比べ3倍以上もの抗酸化成分があるという結果が評価され、再び最優秀賞を受賞。
全国の名だたる有機農家や農業法人と2度も同じ表彰台に立てたことは、自分自身にとって大きな自信になったのです。
当園の野菜は、エグ味や苦味が少なく野菜本来の甘味や旨味を感じられる野菜です。成分分析の結果を見ても、エグ味や苦味、腐りやすさの原因となっている硝酸態チッソの含量が極めて少ないことがわかります。
硝酸態チッソは、チッソ系の肥料を過剰に施すと増え、これが多い作物には虫がつきやすくなるという傾向があります。発がん性があり、不妊の原因になるといわれている危険な成分で、硝酸態チッソを多く含む野菜は、いわば食べると毒になる野菜。
しかし、残念ながら日本ではこれに関する安全基準がありません。
現在、この基準値を運用しているのはEUのみで、EUではこの成分基準値を上回ると汚染野菜として出荷制限がかけられます。日本で市販されている野菜の多くはEUの基準値を上回っているにもかかわらず、国内の基準がないため広く流通しており、多くの方が口にしてしまっているのが現状です。
私自身は、硝酸態チッソが大量に野菜の中に残るような、肥料をたくさん使う野菜づくりは、行うべきではないと考えています。
そしてもうひとつ、当園の野菜は、無化学合成肥料ゆえに、腐りにくく日持ちしやすいのも特徴です。野菜を大きく育てようと肥料を施せば、虫はたくさん寄ってきます。そうなると、今度は虫に野菜を食われたくないと農薬を撒くことになります。だから、私の農園では、肥料も農薬も使いません。 人間と同じで、ストレスを受けると野菜は不健康に育ちます。大きくしようと肥料を与えすぎたり、悪い土壌の畑で育てたりすることや、台風や豪雨、猛暑といった気候の激しい変化も野菜のストレスになります。さまざまな要因によって不健康に育った野菜は、虫に食われたり、病気になったりします。決して、農薬を使わないから虫に食われるわけではないのです。 野菜は自然に任せて育てれば、健康的に育ちます。そして、栄養価が高くなればなるほど虫が寄り付かなくなってきます。自然をお手本にして育てている私の人参畑には、年を追うごとに虫が来なくなってきています。
当園では、人参は冬だけ、ピーマンは夏だけといった具合に、自然の中で野菜が育つのに最適な旬の時期にしかその野菜をつくりません。
なぜなら、野菜は、旬の時期に一番栄養価が高くなり、その時期に身体に必要とされる栄養素がたっぷり詰まっているからです。何より野菜本来の旨みや甘みもぎゅっと凝縮されていておいしいのです。
現代の野菜の栄養価は、昔に比べるとビタミンやミネラルなどの含有量が数分の一にまで落ちているといわれます。しかし、最新の研究では、私たちが行っているような特別な栽培方法で野菜を育てると、昔のように味の濃い、栄養価の高い野菜ができることがわかってきました。
本来農産物は自然物であり、工業規格品のように同じ形や大きさをしているものではありません。だから私は、野菜選びの優先順位が、大きさや形であってはいけないと思っています。
生命活動のエネルギーを食べ物から得ている私たち人間は、健康維持のため、あるいはより健康になろうと野菜を摂取しているはずです。
しかし、残念ながら日本ではこれに関する安全基準がありません。
だから、野菜を選ぶときはその野菜の中身(栄養価)がどうなのかというところをよく吟味して選ぶべきではないでしょうか。
私たちは、ただ収入を得るために商業的な野菜をつくるのではなく、『食べる人の真の健康に繋がる最高のオーガニック野菜をお届けたい!』という想いで、日々自然と向き合っています。
私は、農家の仕事は野菜をつくることではなく、微生物の働きやすい環境を整えてあげることだと思っています。
24時間365日働いてくれる微生物は、まさに私の畑の「従業員」。彼らの命を育ててあげれば、食べる人たちの健全なカラダとココロをつくりだす本物の野菜が勝手に育ちます。
フルーツのように甘みが強く、今まで人参やピーマンが嫌いで食べなかったお子様でも、生のままパクパク食べてくれます。「嫌いだったピーマンが食べられた!」「子どもの野菜嫌いが治った!」などのうれしいお声が私たちのもとにたくさん寄せられています。
また、当園の野菜は、食材を知り尽くした料理人の方にも好評です。実際に、当園のにんにくとレストランでお使いのにんにくをシェフに食べ比べてもらったところ、甘みの強さはもちろんのこと、にんにく特有のエグ味がなく香りまで違うと驚かれ、その場で取引をご決断いただいたこともあります。
野菜本来の旨味や甘味を生かしたお料理をご提供したいと考えておられる飲食店様には、ぜひ当園の野菜のおいしさを知っていただきたいのです。
それは、「がん治療の食事療法として出口さんの人参でつくったジュースを飲んでいたら、順調に回復して元気になりました!」という喜びの声をお客様からいただいたことです。
お礼を言うために、わざわざ当園の畑まで足を運んでくださいました。私にとっては、人の健康の役に立ちたいと始めた農業で、本当に役に立てたという実感が得られた記憶に残る瞬間でした。
食卓がおいしいと食卓に笑顔があふれます。食べる人が健康になったり、おいしくて笑顔になったり、幸せを感じてもらうことが私たち農家の最大の喜びです。
私たちは食べる人の健康と幸せのために、本当においしいオーガニック野菜づくりに命をかけて取り組んでいます。
私たちの目標は、「美浜町をオーガニックのまち」にすることです。人生90年時代が近づいていますが、一方で、介護に依存せず自立した生活を送れる期間である「健康寿命」と「平均寿命」の差は、男性で約9年、女性で約13年の差があるといわれています。
誰しも、命が尽きるその時まで、健康でいきいきとした生活を送りたいはず。
自然の営みに合わせたやり方でつくる私たちの「健幸野菜」が、食べる人の健康寿命を延ばす一助となれば、これほどうれしいことはありません。
農薬や化学肥料を使わない環境にやさしい農業で、耕作放棄地や荒れた土地が綺麗な農地に生まれ変わらせ、多くの人に食べたいといわれるおいしい野菜をつくること。それによって収益が上がれば、農業をやりたいという若い人も集まってくるでしょう。
若い農家が増えれば、過疎化や高齢化に歯止めがかかり、まちに賑わいが生まれ、地域が活性化していきます。
ビジネスの世界に「三方良し」という考え方がありますが、私たちの取り組みは「三方良し」ではなく、さらに一歩先ゆく「四方良し」を目指しています。
美浜町をオーガニックのまちにして、『食べる人も、私たち生産者も、美浜町というこの地域も、そしてすべての生きとし生けるものが暮らすこの地球も、すべてがハッピーに!』
実現できればこれほど素晴らしいことはありません。
社会的課題を解決し、有機農業をやりたいという人たちを育てて、オーガニック野菜づくりの輪を大きく広めていくことが私たちの描く未来です。
かけがえのない自然を守り、多くの人の健康に貢献できるよう、これからもたくさんの幸せの種を蒔き続けます。
「自然循環」をキーワードに地域資源を活用した野菜栽培で甘くて栄養価の高いオーガニック野菜づくりを得意とする日本に数少ない「ハイパー人参クリエイター」。1985年愛知県名古屋市生まれ。知多郡美浜町在住。栄養士専門学校を卒業後、「人の健康に役に立ちたい」という一心で企業内の食堂で栄養士をするが、コストや効率ばかりを重視する考えに疑問を抱き、人の健康を深く考えた結果、オーガニック野菜に行き着き、2012年に農家になることを決意する。
新規就農後約3年間は失敗を繰り返し試行錯誤の連続でしたが、地域にある自然資源を活用した栽培方法を見出し、無農薬・無化学肥料で栄養価の高い野菜ができるようになる。2016年にはオーガニックエコフェスタ(一般社団法人日本有機栽培普及協会が主催)栄養価コンテスト・人参部門にて最優秀賞を受賞する。翌年には中日新聞をはじめとする雑誌・テレビなどのメディアに出口農園の農業の取り組みに多数取材を受けるようになり、2018年にはNHK総合番組「さらさらサラダ」に出演し大絶賛される。農業は食べる人の命の食材を育てる「生命産業」。食べる人たちの健全な体と心をつくりだす本物の野菜を追求することが、人と健康にすると信じ日々土と向き合う。